跳到主要內容

臺灣博碩士論文加值系統

(3.231.230.177) 您好!臺灣時間:2021/07/27 09:15
字體大小: 字級放大   字級縮小   預設字形  
回查詢結果 :::

詳目顯示

: 
twitterline
研究生:王廷萱
研究生(外文):WANG, TING-HSUAN
論文名稱:太宰治後期文學之「家庭」─以<維榮之妻><斜陽><櫻桃>為中心─
論文名稱(外文):The "family" study of Dazai Osamu's later period novels--to be centered in "Villon's Wife", "The Setting Sun", "A Cherry"
指導教授:齋藤正志齋藤正志引用關係
指導教授(外文):SAITO, MASASHI
口試委員:中村祥子賴雲莊齋藤正志
口試委員(外文):NAKAMURA, SYOKOLAI, YUN-CHUANGSAITO, MASASHI
口試日期:2012-06-25
學位類別:碩士
校院名稱:中國文化大學
系所名稱:日本語文學系
學門:人文學門
學類:外國語文學類
論文種類:學術論文
論文出版年:2012
畢業學年度:100
語文別:日文
論文頁數:79
中文關鍵詞:太宰治家庭
外文關鍵詞:Dazai OsamuFamily
相關次數:
  • 被引用被引用:0
  • 點閱點閱:603
  • 評分評分:
  • 下載下載:92
  • 收藏至我的研究室書目清單書目收藏:1
在日本文學史上,太宰治的文學擁有無法撼動的地位。太宰治的前、中、後三期,都有不同的重點,而從太宰治的後期作品群來看,可看出太宰治晚期對於「家庭」的重視,這也是筆者對於太宰文學最有興趣的部分。因此,本論文將從太宰治後期文學的代表作之中,取作品背景同為戰後的<維榮之妻><斜陽><櫻桃>三部,以作品論來探討其中「家庭」的部分作為本論文的主題。
這三部作品依敘述者分別為,以女性來敘述的<維榮之妻>和<斜陽>,以及以男性來敘述的<櫻桃>兩類,筆者將分別以女性和男性對於「家庭」的敘述來做為分析的重點。
第一章<維榮之妻>,是以妻子的獨白來敘述女性對於「家庭」的關切與男性對於「家庭」的不在意及不負責任。身為丈夫的大谷,對「家庭」漠不關心,不僅賴帳還偷錢,逼使妻子不得不擔起償還的責任,由家庭走入社會;甚至在家遭人玷汙後,因著對丈夫以及社會的失望,進而自立自強,終至放棄家庭生活。
第二章<斜陽>,是由和子的獨白和書信,以及直治的日誌和遺書,所構成的小說。本章中以和子的獨白為主軸,來導出「家庭」中「母親」的重要性,以及男性於「家庭」之「非必要條件」的狀態;和子藉由懷上平民的孩子,自己成為平民的「母親」來脫離沒落貴族的框架,並得到在新世代中生存下去的力量。另外從直治和上原的言行態度,深入探討男性對「家庭」的不負責任及對社會觀感的過度重視。
第三章<櫻桃>,是由父親的獨白,來看「家庭」中父親和母親分別所扮演的角色,分析父親對於「家庭」不負責的辯解,和對母親的看法,由男性和女性對於「家庭」的態度來提出論述。
女性由在「家庭」中依靠男人為生的狀態,到自我意識增強後的自力生活,把無法對「家庭」負責的男人排除在生活之外,其中又以擁有孩子,母性較強的女性所擁有的生命力最為強大,進而發展出不需要男性的「家庭」。而男性在「家庭」中所追求的,不過就是女性所擁有「原諒」和「治癒」的母性特質,並沒有承擔「家庭」中的丈夫或父親的責任的意願,所以小說中的男性會一而再,再而三的逃離所謂「家庭」的桎梏。

序論 1
第一節 研究の目的と方法 1
第二節 太宰文学の研究史 3
第三節 太宰治文学における「家庭」 4
第一章「ヴィヨンの妻」 7
第一節 法律上の「家庭」 7
第二節 無責任な夫と「汚された妻」 8
第三節 「ヴィヨンの妻」における「家庭」 17
第二章「斜陽」 19
第一節 男性不要の家庭観 19
第二節 道徳革命の家庭観 23
第三節 直治の家庭観 47
第四節 「斜陽」における「家庭」 58
第三章「桜桃」 60
第一節 戦後の父親 60
第二節 両親の役割 61
第三節 「桜桃」における「家庭」 67
結論 69
今後の展望 74
参考文献(五十音順) 75

テキスト
『太宰治全集10』、1999年、筑摩書房。

著書・論文
饗庭孝男  (1998)『小沢コレクション48 太宰治論』、小沢書店。
青井和夫  (1964)『家族とは何か』、講談社。
青木京子  (2006)『太宰文学の女性像』、思文閣。
綾目広治  (2010)「太宰治文学のなかの女性たち-その幸福と不幸」『ノートルダム清心女子大学紀要』34(1)、ノートルダム清心女子大学。
安藤宏 編 (1998)『日本文学研究論文集大成41太宰治』、若草書房。
安藤宏   (1999)「太宰文学における〈女性〉」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.64(9)、至文堂。
安藤宏   (2002)『太宰治 弱さを演じるということ』、ちくま新書。
臼井吉見  (1999)「『人間失格』をめぐって」『太宰治全集10』、筑摩書房。
浦田義和  (2000)「太宰治「ヴィヨンの妻」論―〈計算〉する「女」、演じる「妻」」『研究論文集』Vol. 4(2)、佐賀大学文化教育学部。
江種満子  (1999)「「ヴィヨンの妻」―妻の「私」」『国文学:解釋と教材の研究』Vol.44(7)、学燈社。
遠藤 祐  (2003)『太宰治の〈物語〉』、翰林書房。
大久保忠利 (1969)「太宰治の文章と美学・試論―『ヴィヨンの妻』表現の層的構造―」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.34(5)、至文堂。
大森郁之助 (1979)「女がたり「ヴィヨンの妻」を視座として」『国文学:解釋と教材の研究』Vol.24 (9)、学燈社。
奥野健男  (1998)『太宰治』、文春文庫。
小野才八郎 (2006)「評論 太宰治再読「ヴィヨンの妻」」『民主文学』Vol.486(通号 536)、日本民主主義文学会。
小野才八郎 (2007)「太宰治再読 人間失格」『民主文学』Vol. 496 (通号546)、日本民主主義文学会。
太田武男  (1965)『内縁の研究』、有斐閣。
東郷克美  (1974)「ヴィヨンの妻―作品の構造 神なき誠実の行方」『国文学:解釋と教材の研究』Vol.19(2)、学燈社。
東郷克美・渡部芳紀 編(1974)『作品論 太宰治』、双文社。
柏木惠子  (2003)『家族の心理学 社会変動・発達・ジェンダーの視点』、東京大学出版会。
梶原宣俊  (2003)『選ばれし者の悲哀とリリシズム』、文芸社。
春日直樹  (1998)『太宰治を文化人類学者が読む』、新躍社。
片山晴夫  (2001)「太宰治『斜陽』の直治とはいかなる人物か」『語学文学39号』、北海道教育大学語学文学会。
兼弘かづき (2001)「太宰治「HUMAN LOST」論--再生への意志」『日本文芸研究』Vol.53(1)、関西学院大学日本文学会。
川島武宜  (1950)『日本社会の家族的構成』、日本評論社。
北川 透  (2002)「〈女性〉一人称語りと戦争-太宰治「皮膚と心」を中心に」『日本文学研究』Vol.37、梅光女学院大学文学部。
北村 達  (1955)『近代家族』、大明堂。
木下謙治 編 (2001)『家族社会学』、九州大学出版会。
金 美亨 (2004)「太宰治の父親像」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.69 (4)、至文堂。
黒柳晴夫、山本正和、若尾祐司編(2004)『父親と家族-父性を問う』、早稲田大学出版部。
郡 継夫  (2005)『太宰治-戦中と戦後』、笠間書院。
孝本 貢、丸山 茂、山内健治 編(2003) 『父―家族概念の再検討に向けて』、早稲田大学出版部。
小林美恵子 (2007)「『人間失格』の女たち--「人間」葉蔵の語り部たち」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.72(11)、至文堂。
西郷竹彦  (1991)『虚構として文学』、国土社。
三枝康高  (1962)『太宰治』、有信堂。
佐古純一郎 (1963)『太宰治論』、審美社。
佐々木孝次 (1982)『父親とは何か』、講談社。
佐藤隆之 (2008)「太宰の強さ」『国文学:解釋と教材の研究』Vol.53(4) 、学燈社。
佐藤泰正 編 (1982)『語りとは何か』、笠間書院。
志村有弘、渡部芳紀 編(2005)『太宰治大事典』、勉誠出版。
千田 實  (1991)「太宰治『人間失格』における一考察」『武蔵野短期
大学研究紀要』Vol.5、武蔵野短期大学。
相馬明文   (2009)「太宰治の小説表現「太宰治」について」『鄕土作家研究』Vol.34、青森県鄕土作家研究会。
孫 才喜  (1999)「太宰治『斜陽』論 : かず子と「蛇」をめぐって」『日本研究第19集』、国際日本文化研究センター。
孫 才喜  (2000)「太宰治『人間失格』論―葉蔵における「道化」・甘え・恥と罪」『日本文芸研究』、関西学院大学日本文学会。
高田知波   (2004)『〈名作〉の壁を超えて-『舞姫』から『人間失格』まで』、翰林書房。
鶴谷憲三  (1996)「妻・母という〈女〉―「桜桃」試論」『日本文学研究』Vol.31、梅光女学院大学日本文学会。
戸松 泉  (2002)『小説の〈かたち〉・〈物語り〉の揺らぎ―日本近代小説「構造分析」の試み』、翰林書房。
中川 淳  (1991)『家族と法律―かわりゆく夫婦・親子関係をめぐって』、有信堂。
中川 淳  (1998)『現代社会と民法』、有信堂。
中村三春  (1994)『フィクションの機構』、ひつじ書房。
中村三春  (1999)「「斜陽」のデカダンスと”革命”―属領化するレトリック」『国文学:解釋と教材の研究』Vol.44(7)、学燈社。
中村三春  (2006)『係争中の主体 漱石・太宰・賢治』、翰林書房。
西原千博  (1996)「『桜桃』と『哀しき父』-脅かされる父、あるいは父である文学者-」『札幌国語研究』Vol.1(創刊号)、北海道教育大学札幌校国語国文学科。
畑佐章子  (1994)「『ヴィヨンの妻』論」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.59(9)、至文堂。
服部康喜 (2009a) 「太宰治の生涯 斜陽から人間失格、そしてグッド・バイ」『別冊太陽』通号 159、平凡社。
服部康喜 (2009b) 「(名作探訪) ヴィヨンの妻 「無頼派」太宰の真骨頂」『別冊太陽』通号159、日本民主主義文学会。
服部康喜 (2009c) 「(名作探訪) 桜桃 日常への恐怖と快楽の谷」『別冊太陽』通号159、日本民主主義文学会。
服部康喜 (2010)「底が抜けた小説あるいは始まりの小説―太宰治『ヴィヨンの妻』と現在」『iichiko』Vol. 108、日本ベリエールアートセンター。
早川紀代 編(2005)『戦争・暴力と女性2 軍国の女たち』、吉川弘文館。
伴 悦   (1983)「「ヴィヨンの妻」論」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.48(9)、至文堂。
廣野由美子 (2005)『批評理論入門』、中央公論新社。
別所直樹  (1969)「戦中・戦後の風俗と太宰文学」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.34(5)、至文堂。
細谷忠生  (2002)「太宰治の自己探求―「人間失格」を始発点として」『香川大学国文研究』Vol.2、香川大学国文学会。
松本鶴雄  (2009)「ヱルテル問題と『家庭の幸福』について―ゲーテ、
保田與重郎、日本浪漫派、萩原朔太郎、太宰治など」Vol.29、群馬県立女子大学国語国文学会。
三好行雄編 (1980)『太宰治必携』、学燈社。
三好行雄  (2002)『近代文学とは何か―三好行雄の発言』、勉誠出版。
室井庸一  (1999)「『ヴィヨンの妻』」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.64(9)、至文堂。
若森繁男  (1990)『新文芸読本 太宰治』、河出書房。
山内美千代 (2000)「太宰治『ヴィヨンの妻』論-生の悲哀-」『愛媛国文研究』Vol. 50、愛媛国語国文学会。
山口純夫 編 (1991)『親族・相続法』、青林書院。
山崎正純 (2007)「「ヴィヨンの妻」―「妻」は語ることができるか」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.72(11)、至文堂。
山下悦子  (1991)『マザコン文学論』、新曜社。
山内祥史 編 (1994)『太宰治論集 作家論9』、ゆまに書房。
ハリエット・レーナー著、高石恭子訳(2001)『女性が母親になるとき』、誠信書房。
和田季絵 (1996)「『斜陽』」『国文学:解釋と鑑賞』Vol.61(6) 、至文堂。

QRCODE
 
 
 
 
 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               
第一頁 上一頁 下一頁 最後一頁 top